「日本海沿いの町 直江津往還 ―文学と近代からみた頸城野―」との一部始終

先日、NPO法人・頸城野郷土資料室監修、「直江津プロジェクト」編集による本が三冊届きました。
日本海沿いの町 直江津往還 ―文学と近代からみた頸城野―
筆者の生まれ住む直江津に焦点を当て、その歴史、風土、文化を掘り下げた今までにない本です。
この本にコラムをひとつ書いていただきたいと要請をいただいたのは、昨年2012年の夏でしたでしょうか。福岡で生まれ5歳から16歳の多感な時期を直江津で過ごした大学講師の古賀さん、直江津生まれでやはり大学講師の瀧田さんに、ぜひと言われました。
古賀さんとは、以前書いた筆者のブログ記事が別の本の参考になったということで、何度か店に訪問していただいてたものです。在京でありながら、資料集めや会合で頻繁に上越入りされてたようです。
いろいろお話しているうちに、筆者が直江津祇園祭で青年連合会のトップを経験したこと、直江津で生まれ育ち商売をしている者として、執筆に値する人間と思っていただいたのかもしれません。
そのうちに古賀さんは仲間の瀧田さんを連れてくるようになり、企画中の直江津にスポットを当てた新刊のコラムをという話しになったのです。
執筆にあたっては直江津祇園祭について、論文のような形式にこだわらず日記やブログを書くように気軽にと。目安として400字詰め原稿用紙で5枚から10枚に、手書きでもワードでもいいとのことでした。
計らずもその瞬間に構想はできました。調べれば誰にも分かるような祇園祭のあらましを書いても仕様がない、あの時の自分の一年の経験を順に書けばいい。それはなかなか他人が経験できない、直江津地区連合青年会の行動を知ってもらうにも好都合だ。と、こう考えたのです。実際地区連の活動は五年間におよびます。
かといって時系列の事項を羅列するだけでは面白くない、今までブログを書いてきたように私事も交え一工夫してみよう、とできたのがこのコラムです。
構想はできていても、あれやこれや書いているととても10枚では収まらなく、言葉を縮め端折って省略し、などとパソコンに向かい二ヶ月ほどで書き上げました。一人の直江津人として真摯に書いたので、店の宣伝などはしていません。
2012年はFM-Jに呼ばれて、「おまつりラジオ」で森田さんと3時間ほど祇園祭について喋りました。その前には、直江津小学校の3年松組に祇園祭の屋台について講義をおこないました。そして今回、直江津祇園祭に関する筆者の稚拙な文章が、こんな立派な書籍の一部として掲載されたわけです。
ちょっとした感無量状態で、もう思い残すことはないかもしれません。冗談ですが。
直江津人なら一家に一冊常備していただき、直江津バイブルのひとつとなれば幸いです。

監修者のことば 石塚正英(NPO法人・頸城野郷土資料室理事長)
序論 古賀治幸
第1章 直江津の近代:交通の要所の復活 (古賀治幸)
<コラム> 林芙美子と継続だんご (花柳紀寿郎)
第2章 物流拠点としての直江津―今町湊の時代から (長谷川和子)
【余勢夜話】 保倉・直江津―思い出すままに (長谷川和子)
第3章 ダン一家と直江津―「赤煉瓦の異人館」案内板からの出発 (瀧田 寧)
【余勢夜話】 直江津ゆかりの音楽人 (瀧田 寧)
<コラム> 直江津育ちの文学者・松本恵子 (園家廣子)
第4章 「赤いろうそくと人魚」の背景を訪ねて
―〈南〉への憧憬と、回帰する〈北〉の記憶― (米田祐介)
<コラム> ドブネと水族博物館 (古賀治幸)
第5章 直江津と佐渡の「山椒大夫」 (杉山精一)
<コラム> 2002年の直江津祇園祭 (籠島 幹)
活動紹介 頸城野郷土資料室における「直江津文学碑めぐり」 (桑野なみ)
あとがき 瀧田 寧
なお、近隣の方で欲しいとおっしゃる方、若干ですがお安く用意できます。書店の商いの邪魔にならない程度に、そして筆者のサインなどが欲しいとおっしゃる奇特な方にはサインつきでお分けしたいと思います。
既に書店には入っていると思います。
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